映画感想

映画『九月と七月の姉妹』感想|後ろが前面に現れる

2025年9月11日

 ギリシャ人のかなり奇妙な映画監督ヨルゴス・ランティモスの公私にわたるパートナーでフランス人俳優のアリアン・ラベドによる長編デビュー作。ヨルゴス・ランティモスがハリウッドに見つかる前のような雰囲気があります。

 「ハリウッドに見つかる前」なんて言い方をすると、「今は丸くなって昔は尖っていたのに」みたいな印象を与えるかもしれませんが、ハリウッドに見つかった後のほうが奇妙さに磨きがかかって、画面の歪み方にも歯止めが聞かない状態です。

 それはさておき、『九月と七月の姉妹』は、通常は後ろにあるべき要素が前に出てきているような映画でした。特に音。バックグラウンドノイズが徐々に前へ前へと、ヌメヌメべっとりと観客の耳を侵食してきます。
 映画『関心領域』と同じジョニー・バーンが音響を担当しています。

 私は動画コンテンツは、美麗でエモーショナルな映像よりも音響のほうが遥かに重要だと、ずっと訴え続けています。2010年代の映画はエマニュエル・ルベツキをはじめ、凝った長回しショットなど多用する撮影監督がフォーカスされていた印象がありました。2020年代は音響担当者の時代がくるのでしょうか? 今まで映画の音響設計が注目されたのは、ジャン・リュック・ゴダールお抱えのフランソワ・ミュジーなどマニアックな存在でしたが、『ダンケルク』でハンス・ジマーが用いた「無限階音」あたりから音に関心を持つ時代の波がヌメヌメべっとりと来てるようですね。

 そういえばタイトルも七月より九月のほうが先にきてますよ。九月がヌメヌメと、べっとりと、前へ前へ。